副業塾

副業初心者を対象に、正しい副業の選択と、取り組み方をマンツーマンで、教えていきます。

仕事での海外出張35

二度目は、香港のH社長との出会いです。彼の人間性と、彼が抱えているデザイナーの刺繍のデザインの独創性に惹かれました。二人の出会いが、当時苦しんでいた飛行機恐怖症を何とか乗り越えてきたと、今改めて思います。

仕事での海外出張34

海外出張で二度の奇跡的な出会い。一度目はミラノのデザイナー、ダブルフェイスの技術での、婦人のスーツ、ネクタイでした。1973年に輸入して、1本48,000円で販売していましが、高額にも拘わらず良く売れていました。

仕事での海外出張33

1985年の香港64回目の出張の時、会社から中国での展示会に参加するよう指示がありましたので、香港から北京、上海に移動して参加しました。滞在中、カシミヤのセーター1万枚購入の商談が中国側から持ち込まれましたが、完成度が低く、断るのに難儀しました。

仕事での海外出張32

イタリアからの輸入とは異なり、香港メーカとの取引は、R社の基準に合わすため、香港で手配できない最高級の裏地や肩パッド、特殊なボタンを日本から持ち込みました。また製品が日本に到着した時には、専門の検品業者の倉庫に入荷してから、全量検品を行い、R社に納入と、予想以上の手間がかかり、その筋の専門家に出向で来て頂き二人で業務にあたりました。

仕事での海外出張31

香港のデザイナーを抱えた刺繍に特徴のあるメーカーと、日本の国産アパレルR社の取引は、年間5億円規模になり、4年間続きました、1991年8月には、R社の仕事で多忙を極め、香港通算142回目の出張になりました。非常に充実した4年間でした。

仕事での海外出張30

1988年7月の98回目の香港出張は、私の会社人生に与えた2番目のメーカーとの出会いでした。ベニス近郊のセーター輸入で取引していた国内アパレルR社の専務が、香港の店で見つけた商品が香港制で、大変な興味を示され、現地スタッフの協力を得て、見つけ出したその香港のメーカは、イタリアのメーカと同じく、社内デザイナーを抱え、自社製品の販売をしていました。このメーカーの社長とは、ファッションの話で盛り上がり、意気投合して、すぐ取引が始まりました。

仕事での海外出張29

1982年には、年間14回、1983年は、年間12回香港に出張しました。回数が増えた理由は、顧客の展示会見本の生産進行状況の確認と、督促でした。見本がもし間に合わなければ、結果注文がもらえず、それまでの苦労が水の泡になります。

仕事での海外出張27

香港出張20回目の頃には、私の上司部長から、イタリア人のデザイナーを起用して、彼の作品を我が社で香港で作成し、オリジナル製品として販売してはの提案また手配もしてくださり、それにはイタリアの糸を使ってのセーターが良いと、香港のスタッフとともに、イタリアの糸の買い付けに、久しぶりにイタリアに出張しました。